



いま、長崎の暮らしに黄色信号がともっています。
県民一人あたりの所得は全国最低水準。観光や地場産業も衰退し、雇用も少なく、長崎に生まれ育った若者は故郷を離れていく一方です。
その上、県の借金もこの数年で大幅に増加しています。
その額は1兆2000億円。それはもちろんいま現在もどんどん膨らんでいます。そして数年後の私たちの税金となって返ってきて、私たちの生活を圧迫することとなります。
経済が弱体化し、財政も苦しい状況で、これからの長崎の財政は成り立っていくのでしょうか?
長崎の年間予算は7300億円。そのうち2/3は国からの補助金などでまかなっています。しかし、その国からの補助金も、今後、潤沢に得られるという確約はどこにもありません。もし補助金が思うように得られなければ、これからの県民の負担は増す一方となります。しかも、そのような状況にもかかわらず、長崎県では、県庁舎移転という大型都市開発計画まで進められようとしています。
いま残念ながら、長崎に大規模事業をすすめる体力は残っていません。
このままだと長崎は確実に沈んでしまいます。
県民一人あたりの所得は全国最低水準。観光や地場産業も衰退し、雇用も少なく、長崎に生まれ育った若者は故郷を離れていく一方です。
その上、県の借金もこの数年で大幅に増加しています。
その額は1兆2000億円。それはもちろんいま現在もどんどん膨らんでいます。そして数年後の私たちの税金となって返ってきて、私たちの生活を圧迫することとなります。
経済が弱体化し、財政も苦しい状況で、これからの長崎の財政は成り立っていくのでしょうか?
長崎の年間予算は7300億円。そのうち2/3は国からの補助金などでまかなっています。しかし、その国からの補助金も、今後、潤沢に得られるという確約はどこにもありません。もし補助金が思うように得られなければ、これからの県民の負担は増す一方となります。しかも、そのような状況にもかかわらず、長崎県では、県庁舎移転という大型都市開発計画まで進められようとしています。
いま残念ながら、長崎に大規模事業をすすめる体力は残っていません。
このままだと長崎は確実に沈んでしまいます。

私は被爆二世として、昭和32年の長崎に生まれました。
遠い記憶に「復興の長崎」をよく覚えています。
私が幼い頃の長崎は、賑やかで、華やかで、活気にあふれていました。商業、産業が盛んで、人と人とがつながり、助け合い、上を向いて行こうという元気にあふれていました。しかし今はどうでしょうか。21世紀の現在、長崎は冷え込んでしまっています。
その長崎にいま、大型開発事業が必要でしょうか?
それよりも必要なのは「県民の生活に直接元気を与える政策」ではないでしょうか? そして「長崎をひとつにする県政」ではないでしょうか?
今まさに、長崎を変えなくてはいけません。
これまでの古い体質の長崎県政を一気に大掃除し、悪しきしがらみはすべてなくして、長崎県政をもっと新鮮で、もっとオープンな県政に創り直さなくてはいけないのです。
私は、県民の目線を忘れない県政をみなさんと一緒につくります。
そして、都市部と農村部全域に「目配り」「声配り」し、長崎にしかないもの、長崎にしかできないことをやっていきます。県内市町村や隣接県といつもがっちりと連携し、自分の両足でしっかりと自立できる県政を目指します。
私は故郷長崎をより良くするために、長崎に暮らすみなさん、県議会、県職員のみなさんのご協力を最大限に得ながら、新しい長崎の未来設計図を描きあげ、そして長崎の「礎(いしずえ)」を築いていくことを約束します。
遠い記憶に「復興の長崎」をよく覚えています。
私が幼い頃の長崎は、賑やかで、華やかで、活気にあふれていました。商業、産業が盛んで、人と人とがつながり、助け合い、上を向いて行こうという元気にあふれていました。しかし今はどうでしょうか。21世紀の現在、長崎は冷え込んでしまっています。
その長崎にいま、大型開発事業が必要でしょうか?
それよりも必要なのは「県民の生活に直接元気を与える政策」ではないでしょうか? そして「長崎をひとつにする県政」ではないでしょうか?
今まさに、長崎を変えなくてはいけません。
これまでの古い体質の長崎県政を一気に大掃除し、悪しきしがらみはすべてなくして、長崎県政をもっと新鮮で、もっとオープンな県政に創り直さなくてはいけないのです。
私は、県民の目線を忘れない県政をみなさんと一緒につくります。
そして、都市部と農村部全域に「目配り」「声配り」し、長崎にしかないもの、長崎にしかできないことをやっていきます。県内市町村や隣接県といつもがっちりと連携し、自分の両足でしっかりと自立できる県政を目指します。
私は故郷長崎をより良くするために、長崎に暮らすみなさん、県議会、県職員のみなさんのご協力を最大限に得ながら、新しい長崎の未来設計図を描きあげ、そして長崎の「礎(いしずえ)」を築いていくことを約束します。






